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津波募金開始の経緯

JARL関西が津波募金を開始した背景をご説明しなければならない状況にありますので、
ここで正確な事実を公開します。お尋ねがあれば誠実にお答えしたいと思います。


 JARL関西として津波募金を始めなければならなかった背景は、決して私達の身勝手や思い上がりではありません。これは今回の旅のレポートの前段部分として書きましたが、読者の中にはJARLが何かわからないとか、こんなレベルの低い集団か、と思われる事への配慮を加えあえて別枠に掲載したものです。 従って書き出しはあくまで旅のレポートの一環です。
 その後の募金の説明は二転三転して度々修正を余儀なくさせるもので困惑しますが、矛盾する話を自ら積極的に解決しないことにすべての問題があると思えます。


 またスリランカ・・といわれても今回のスリランカ訪問には特別な事情がありました。2004年12月26日クリスマス休暇でにぎわっていたアジアの観光地や国々を震撼させたスマトラ沖地震は津波という迷惑な特大付録をつけ周辺各国に甚大な被害を与えました。
 自然の偉大さと恐ろしさを嫌というほど味わう出来事でしたが何と言っても私にとって気になるのが5回訪問しているスリランカのことです。アマチュア無線を通じ現地との交流を目的とした旅は既に4回110人を越え、39名が現地の免許を受け18人がRSSL会員となり私と同じ思いの仲間が数多くいます。

 どうして今回スリランカに行くことになったかをお話する前に避けて通れない経緯をお話ししなければなりません。これは誤解を与えないためにもあえて事実を正確に伝えなければなりませんがこれを善しとしない人たちもいます。しかし何より意図的とも思える悪意に対しこの際きちんと対抗しておきたいと思います。
 事実を伝えるだけでJARL批判だと、ろくに情報の中味を吟味しないで噂話をする傾向がありますが、何故そんなに怒るのと聞かれれば久々に浴びた侮辱であることと、やりかたがあまりに姑息であるからです。
 もしこれに悪意がないとすれば既に物事の判断の基準が理解できないことでありもっと深刻な問題だと思います。前振りはこの位にしてとにかく前哨戦ともいえる出来事からお話しましょう。

 スリランカに津波が襲ったのは12月26時朝の9時40分頃だったそうです。テレビニュースに手を止め情報を聞き漏らさないように注意を払っていました。片側情報ですがどうも尋常でない事態であることが容易に理解できました。そこでスリランカのアマチュア無線連盟RSSLの顧問4S7EAアーネストさんにメールを入れました。実は電話も試みましたが不安定でした。そこでインターネットを使ってメールを送ったところすぐに返事が来ました。ちょうど10年前の阪神淡路大震災の日と似ていました。電話がダウンしても普及の前段階であったインターネットはすぐに神戸の状況を送り出しました。スリランカでも例外なくさすが頼りがいがありe-mailによってRSSL会員150人の安否が確認できました。

 現地の情報をつなぎあわせると10年前の神戸と同じで比較的山の手は被害が無くスリランカではアマチュア無線家は海岸線から離れた場所に住む人が多いようで人的被害がなかったということです。
 アーネストさんから、津波による死者はこれからもっと増え6000人を越えるだろう、と日本のテレビで流していた1500という数字をはるかに越える数を指摘してきました。それが4万人を越えたのですからこれも10年前の神戸の状況と似ていました。阪神大震災でも最初のニュースは死者はたった2人だったのです。16秒間に3000人以上の命が消えたのですが昼前までの死者はこの程度しか掌握出来なかったのですから初期情報を鵜呑みにしてはいけないという教訓がここにもありました。

 安否確認ができアーネストさんに私に何が出来るかを聞いてみました。スリランカでは今の時点で非常通信は短波が最大の貢献をしている。しかしネットワークが出来ている2mレピータ用のハンディトランシーバー4台を至急手に入れたいというリクエストがありました。
 南部の被災地ですぐに立ち上がった無線局は、我々が所有する現地のIC−7400とIC−756を使った非常無線局だったという第一報が届いています。あわてて送る機材より日頃備えている無線機がすぐに役立という教訓も10年前の経験と同じでした。
 自慢ではありませんがスリランカで外国人がアマチュア無線を運用するノウハウを一番持っているのは我々だと思います。日本のアマチュア事情では理解できないでしょうが、スリランカで電波を使用するには最終的に軍の許可が必要です。したがって無線機を何台買っても許可が無くては使えないのです。かなり厳しい条件があります。仮に私が友人に無線機をプレゼントしても譲り渡した証明書、機器番号、仕様書などを届けなければならない国で、我々がRSSLに預けている無線機はすべて政府に登録済みの機器であったことがすぐに使えた理由です。

 早速4台のVHFトランシーバを確保することにしました。無線機は販売店から購入して送るということを試みましたが、スリランカ特有の事情で勝手に送っても税関を通りません。まず現地から要請文書が必要ですが、何より困ったのが海外仕様の機器が簡単に手に入らなかったのです。
 そこで何時もお世話になっているアイコム井上社長に電話を入れました。井上社長から「何か手伝いをしないといけないと思っていた・・その機器を送ってやろう!」と嬉しい返事が返ってきました。これも10年前、涙と鼻水を流しながら凍える神戸の町を走り続けた毎日もこんな暖かい思いやりが励みになっていたことを思い出しました。
 同時に年末27日夕刻から28日にかけて、東京のNGO団体がスリランカに飛び立つので情報が欲しいということで電話で現地情報などを提供しました。この時の一人とその後スリランカテレコム〈TRC−SL〉で偶然に出会うとは思いもよりませんでした。

 28日の朝を迎え、前夜から日本のアマチュア無線家として何か行動を起こす必要を感じ早朝7時50分、私も末席を汚す日本で唯一のアマチュア無線団体であるJARL会長に電話を入れました。それによると「何かしなければならないね・・きょう28日3時でJARLの事務局が終わるのでそれまでにみなさんと相談して返事をする・・」ということで連絡を待ちました。
 28日は私に限らずあわただしい年末の特別な日です。ハンディー機の送付を約束してくれたアイコムの出荷作業もすべて終わり業務は翌年までありません。その間は会社と連絡ができないので担当部長の携帯電話とメールによる直接折衝になりました。正月中も何時でも電話連絡が取れる体制にしました。

 約束の時間28日昼を過ぎて、いつもなら直接返事がある会長ではなく携帯電話に海江田専務理事から連絡がありましたが十分な時間が無く夕方事務所に戻り話しをすることができました。
 それによると「会長の指示でJARLは募金活動を行わないことに決めた。JARLは過去にこの類の募金をしたことが無いからこれに従って今回は何もしない。しかしJARL会長名で被災国の団体には見舞い状を出すことにした・・」という内容でした。
 都合が悪い返事は専務理事から来ることに失望しましたが、不思議だったのは阪神大震災で我々は延べ1万人を動員して45日間被災地の支援をし、しかも募金をした記憶があったからです。回答の内容より説明の根拠に不審感を抱きましたがそれより会長の指示で決めたといえば絶対的な命令だと思い込んでいる御用聞きのような専務理事の姿勢に最大級の失望を感じました。
 私が専務理事なら「世界のリーダーという意識を持っているなら支援活動をやるべきだ・・」とトップに具申したと思います。多くの苦言を呈したかったのですが、こんな意識レベルと論争をしても無駄であり、アジアのリーダーと胸を張っても所詮JARLは張子の虎でしかないと絶望してしまいました。

 そこで私はやむなく関西の仲間で何がしかの支援をすることを決め、役員有志に図り活動を開始することにしました。しかし申し訳ないと言う思いがあったのは、我々の力では被災国全部の支援は到底出来ないということでした。そこでせめて多くの友人がいるスリランカに特化した募金活動だけでもしたいと考え早速作業に入りました。
 これにあたっては金額の多少にかかわらず協力していただいた方々の心に報いることと、その管理を適正に行うために地方本部会計を窓口にすることにしJARL関西地方本部として活動を行うことにしました。

 29日になって津波死者の数は倍々ゲームのような膨大な数字となってニュースは伝えています。JARLは日頃から世界のアマチュア無線のリーダーを自認したような言動があります。しかし10年前の震災当時もJARLの動きは最悪でした。会長の当時の弁によると最初の情報など死者二人、小さな被害としか聞いていなかった・・だから対処が遅れたということでしたが、その後被害が甚大だと判っても対応は変わりませんでした。今回の津波も東京から見るとアジアの小国の被害程度の意識なのでしょう。
 10年前の神戸も相当軽んじられていましたが、当時の海老沢専務理事とは相当激しいやり取りをしたことを思い出します。幸い海老沢専務には状況を理解していただき、その後大きな協力を得て何とか局面を乗り越えました。すべてが終わったあと神戸市内で今後のJARLとして何が出来るかを経験者が寄り集まり議論を進め私も具体的な提案文書を出しましたが、これらはどこに行ったのか何も活かされていません。JARLが改善したのは情報を一本化するための窓口を設けただけでした。JAIAから提供を受けた300台のトランシーバーの使い道など多くの提言に何も手をつけなかったことは言うまでもありません。

 今回JARLが何もしないということを28日誰が出席して決めたのか興味がありますが、この結論を単なる見解の相違として片づけられるものでもなく歯がゆい思いで一日を過ごしました。
 翌29日朝食前の早い時間にJARL海江田専務理事から再び電話がありました。驚いた内容は「すっかり忘れていたが、金庫の中に阪神淡路大震災の義援金が160万円残っていた、それを均等に割って被災地に贈りたいがどうだろうか?ついてはスリランカにも20万円贈りたい・・・」との話でした。
 私はこの申し出に驚きを覚え何故そんな金を残していたのか。忘れていた金が金庫から出てきたという無責任な内容に会計処理はどうしていたのかなどを当然ながら質問をしました。
 海江田専務の説明は、これはJARLとは関係ない募金で帳簿上も別枠だ、などの説明でしたが聞けば聞くほど理解できないものでした。その後の説明では、当時JARLの募金は直接関与したものと別枠でJA1AD斉藤さんを委員長にした募金委員会がありその義援金が残っていたとのことです。だからこれはJARLの帳簿とは別でJARLとは無関係な資金だ・・というとんでもない論法になりました。
 そこで私はその委員会は斉藤さんが申し出たものか?それとも自然に発生したものか?などを聞くと会長がお願いしてできたもので前の関西地方本部長も委員に入って知っているという話でした。
 それならJARLが管理しているではないか。今JARLの金庫にあるものをどうしてJARLと関係ないといえるのか・・何とも馬鹿馬鹿しい説明でしたが、その後は事の重大性を感じたのかあれは現金だけとは限らない・・など訳のわからない言い訳になりました。

 このやりとりを話すことが暴露であれば一体JARLは誰を守り何をする団体なのか会員は真剣に考え直す必要があります。それよりも10年前募金に応じた善意の人たちを完全にないがしろにする行為だけでなくこの金銭感覚はあまりにも酷い背信行為ではないでしょうか。
 当時の理事が委員に加わった委員会で集めた善意の義援金を10年間放置し、しかも今回の津波被害者救援募金に際し過去に募金活動をしなかったからやらないということが単純な錯誤では済まされないことです。
 専務理事からなされたこのような無責任な言動に大きな責任があるのは、海江田専務は当時JARL幹部職員として海老沢専務をサポートしていた当事者であることです。
 とにかく28日に事務局で相談するという重大な事柄をろくに議論せず、会長が言うから募金活動はしないとだけ伝えるだけでも首をかしげるのに、あげくは金庫に阪神淡路の義援金があるのを忘れていたから会長名で贈りたい・・に至った経緯はことの重大性を理解しない意識で、募金の性格上人の心に対する配慮など微塵もないものだと感じます。

 その後も海江田専務理事の説明が二転三転しましたが、2月16日の確認で少しばかり情報を修正しなければならないことがありました。12月28日、会長が皆さんと相談して決めると約束した募金の件は、事務局に来て募金はやらないと告げた会長指示をそのまま私に伝えただけで、このみんなは昨今の高校生と同じで二人いれば「みんな」というレベルだったようです。これなら最初から募金などやるつもりもなく相談するつもりがなかったのではないかとの思いと一致します。
 その後、17日に募金開始を決めたのも、お金を預かったから始めないといけないという動機のようで専務理事が即座に連絡してきた後すぐに支部長さんにQSPしたと言うことです。
 今今海江田専務はこの募金の使い道は理事会決めないといけないなど筋を通すような発言をしますが、それなら募金をやらないと決めるのは理事会でなければならず、それを撤回するのも理事会でなくてはならないはずです。この手順の矛盾を指摘しても無言になるだけで全く話になりません。
 JARLが密室で物事が進むことは悪しき慣習として容認してきたのかもしれませんが、これほど実害が出てくると、そろそろ声を上げなければさらに苦難の道を歩むのではないかと思えます。
 
 会長は阪神大震災の義援金160万円について、JA1ADの斉藤委員長の許しを得て近隣諸国に送ると我々理事に連絡してきましたが、この委員会は平成7年2月2日に出来ましたがいつ終わったかが不明です。
 会長が言うことが妥当なら、この委員会は紛れもなく継続していることになりこれを放置した委員会の責任は重大で、当時の委員に説明義務があります。
 しかし整合性が取れないのは、義援金はJARLが預かり金庫にあるのですから、委員会は終結しこの管理責任はJARLに移行しているのではないかと判断できます。何とも言動が矛盾ばかりです。
 この構成委員は斉藤委員長の他、海老沢、杉山、井原、稲毛、山之内、JARD長谷川、JAIA奥原の各位で最初海江田専務から説明があった当時の関西地方本部長の島さんは入っていませんでした。
 このように相当思いつきのその場限りの説明ですが、すでに委員会から受領しJARLの金庫にある義援金を今になって斉藤委員長の許可を貰ったと・・わざわざ断る必要が何処にあるかその意図が理解できないままです。
 悪意や意図は全くないと専務は繰り返しますが、故意ならそれなりの怒りで対応できますが、そうでないと言うならもう正常な思考回路でないだけにより以上の不安感を覚えます。
 ただ単に我々が大いに迷惑を被った件について積極的に説明しないだけでなく、いまだに矛盾を正さないことにどう求めれば誠実に答えてくれるのか困惑しています。

 JARLが何もしないことを聞いたことから始まった募金は関西の新年会などでお願いしながら細々と活動を開始することになりました。
 追い討ちをかける屈辱的な出来事は1月17日の事です。この日また海江田専務から電話が入りました。それによるとJARL会長が関東周辺の新年会に顔を出したら義援金を託された・・これを放っておけないからJARLとして募金活動を行うことにしたという連絡でした。
 何を今更・・と思いましたが、事の重要性に気づき方針を変えたのであれば致し方ありませんが募金を預かったから仕方なく始めると言われると動機など定っまておらずまた10年間寝かす募金になりはしないかと思うのは当然です。
 それでもJARLとして募金活動を行うなら既に開始した我々に合流するよう求めるべきだと思いましたが一向にその意識はなく、後日原会長から連絡がいくと電話を切りました。その予告通り原会長から自筆の文書をコピーした募金開始の経緯が届き愕然としまた。

 私に届いたものはコピーですからいつでも現物をお見せしますが、それには「タイの連盟が寄付を求めている。1月15日茨城の新年会で30984円、16日神奈川の新年会で30000円預かった。その前14日アイコム井上社長から募金をしないのか無線機器は必要ではないか?と言われた。そして某地方本部よりスリランカも大分災害を被っているので援助したいとの話もありました・・・」と書かれていました。
 これでは時系列が全く異なり意味が変わるだけでなく何より我々関西地方本部を某地方本部と書く必然性がどこにあるのかこの悪意と非常識さに意図を感じました。
 このような誤解を招く書き方をしたしなければならない背景がどこにあるか知りませんが、JARLとしてこの決定を周知させるなら関西から年末にあった募金呼びかけは一時的に保留にしたが事の重要性を考え募金活動を開始するに至った。ついてはJARLとして一本化の運動を今後開始する!と宣言するのが組織として円滑な解決になるはずです。
 それを日付まで示し茨城、神奈川、アイコムと名を連ね、そして某地方本部と書けばこれらの日以降に我々が活動を開始したことを意味し重大な誤解を招く事になります。今まで同じような手法を多く見てきましたが今回ばかりは馬鹿にするのもいい加減にしてくれとあえて反論することにしました。
 アイコムにお願いしたのは12月27日、原会長に募金を申し出たのは28日朝、これをやらないと決めたのは28日午後です。この事実を書かずに故意に誤解を与える非常識な書き方をする相手と今後どう向き合うかそれなりの決断をすることにしました。

 そして1月19日、原会長から支部長および関係者に正式に募金依頼文書が送られましたが、経緯に全く触れずしかも時系列を無視した心ない表現で我々は大変不名誉な屈辱を受けました。
 迷惑を受けた一例を挙げると:なぜJARLの募金活動に合流しないのか?JARLは広く被災地を支援しようと呼びかけているのに何故スリランカしか支援しないのか?JARLの後から募金を始めて裏切りのような対抗をするのか!など、あまりにも実害のある声があがりました。
 究極的にはあれは個人行為だから・・と言う声にもなりあたかも我々がJARLの方針に反して独自の募金活動をしているような構図を作られてしまいました。
 ここまで来ると容認できない事態であり、何故このように事実を隠すのか、事実を公表しないのはどうしてなのか?を海江田専務理事に抗議をこめて申し入れを行いました。
 やっと重い腰をあげて1月27日になってまずは理事・監事宛に事実と謝罪を意味した文書が届きましたが内容については不満が残ります。しかし時すでに遅しの状況でもありました。
 文書は理事・監事に出されましたが、最も肝心な募金依頼文書を送った支部長には送ろうともしませんでした。興味深く見ていましたがこのあたりにも意図があるようで、2月7日スリランカへ義援金を届け帰国してもまだ支部長には経緯の説明がないことを確認し海江田専務に送らない理由を聞くことになりました。

 言わなければやらないJARLの悪しき慣習はここでも実行され非常に不本意ですが、支部長には知られたくないが理事ならコントロールできるという意識があるのかここまでやるともうなにをか言わんやです。
 大きなことも小さなこともすべて会長の指示・・といえば何でも解決するJARLも問題ですが、何の意思表示もせず意見も言わずただ御用聞きとしての機能しか果たさない専務理事には疑義を唱えます。
 今回我々に割って入ったようなJARL募金がどのような目的でなされるのかいまだに明確ではありません。会長の説明から義援金を預かったから仕方なく作ったことは判りましたが、やらないと決めたのは理事会ではなく、その後やると決めたのも理事会ではありません。10年前の募金が金庫にあることすら理事は知らなかったのですから、思い出すのも忘れるのもすべて会長の意のままでは理事会は有名無実です。
 さらに滑稽なことは理事会が全く関与しない一部の間で決まった今回の義援金の使途について海江田専務はどう使うかは理事会で決めると言っています。目的は、はっきりさせないが使い道は理事で決める・・・バカバカしいくらいJARLの悪しき手順で私はこの曖昧な議論に加わる気はありません。

 お見舞いというものは適切な時期に行うべきものです。善意に封をして10年間眠らせるものでもありません。津波被災地では資金的にはそろそろ充足する募金が集まっています。今何が必要かは現地に行けば容易に判ります。東京から金だけ贈る募金活動を歓迎するのは特定の人たちでしかありません。
 スリランカで今語られているのは被災者に届かない義援金の話題であり、いま世界中でこのたぐいの募金が横行しているのも事実です。今回の募金の使い道を理事会がどう決めるのか興味深い面は残りますが、このようなやり方が組織を崩壊させる元凶になることを訴えて行きます。
 何でもありの傲慢な論法はほどほどにして正常な思考回路でJARL運営をする事を強く求めたいと思っています。津波被害並みに悲惨な前置きになりましたが、そのスリランカ訪問の中味をご紹介しますので興味があればご覧ください。

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